二章
 夕香が月夜に瘴気を吸わせてから三週間程経った。夏越の祓えについての話も済ませ、
夏越の祓えに向けて各自の練習を積んでいた。夕香は直接稲荷大社で舞を教えてもらい月
夜は学校に行きながら屋上で龍笛の練習を積んでいた。
 そんなある日だった。六月に入って幾日か過ぎたとき異界の遠征任務の申し込みを行っ
た。いくら新人とは言えども任務は任務。金銭的な報酬がある。それが破格の値段であっ
た為、夕香が喰らいついたのだ。月夜もやはり金銭的な理由からかそれを諌めずに素直に
申し込んだのだ。
 任務の内容は至って端的。ある異界に赴き指定する妖魔を駆除する事。妖魔とは人に仇
なす妖怪で妖は古来この国にいた妖怪。妖怪とは妖や妖魔や広く取ると悪魔などにも使う
全ての化け物の総称として使われる。
 そして指定する妖魔とは何かというと猫又だそうだ。数百年に犬神を作るために犬塚と
呼ばれるところを作ったらしい。そこに十匹以上の犬が残酷な方法で殺され犬神使いが一
気に増えた。その時期に猫も同じ所で死んだらしい。数は一匹。目をカッと開いたまま死
んでいたらしい。場所も場所で怨念が渦巻いている所で死んだ故に化けて出てきたと言う
事だ。そして、数百年の時を経て猫又として再臨したらしい。それを祓うのが任務だ。
 その妖怪に近づくまでに洋服のままで行くと他の住人に殺されるから和服を着ていくよ
うにと注意を受けた。
 月夜は渋い濡れ羽色の狩衣に同色の狩袴。腰には太刀を佩き長めの漆黒の髪をひとつに
括り肩の方に出していた。髪をくくっている白いその紐が印象に残る。
 対照的に夕香は藍白の狩衣に同色の狩袴。腰巾着を身に付けその中に何が入っているの
かは知らない。胡桃色の髪は背中に流していた。
「準備が出来たのか」
「はい」
 頷くと教官が路を開いた。異界へといたる門。月夜は一礼してからその門に入った。夕
香もその後に続く。そして程なくして月夜の視界は真っ白に染まった。
「さむっ」
 夕香がいきなり声を上げた。無理も無い、辺りは雪が降りしきる雪国だった。
「……」
 月夜は無言で小柄で手のひらを切り裂き犬神を簡易召喚した。そして犬塚を探させた。
「ついて来い」
 月夜は狩衣を翻して走り始めた。夕香も月夜の後に続く。少し走ったところで月夜が犬
神に乗った。その後ろに飛び乗り先を急いだ。
「もうすぐだ。分かるだろ」
 頷いて月夜の衣を掴む手に力を込めた。僅かな温もりが微かに触れた。月夜が夕香の手
に手を重ねている。
 そして同時に犬神から飛び降りた。両脇に飛び退るように降りて雪の上に着地した。月
夜が右足を前に出し腰を落とした低姿勢で鯉口を切っていた。夕香は今、始めて自分が囮
だということに気付いた。月夜に目で合図を送り、手を打った。
 申し合わせたように巨大な猫が姿を現した。夕香は一度飛び退り、後ろから来た犬神に
飛び乗った。天狐の神気が漏れ出して風を起こす。強い地吹雪が荒れ狂った。その瞬間、
月夜は飛び掛っていた。
 抜き放った瞬間、霊力を迸り太刀を伝って猫の足を切り裂いた。その瞬間、二股の尻尾
が月夜にたたきつけられた。犬神が間一発直撃を避けられるように体当たりをして一気に
上空に逃げた。
 すさまじい猫の鳴き声が耳を裂く。月夜は一回転して衝撃を殺し立ち上がると夕香に目
を向けた。
「足は封じた。どうする」
「ちょ、まって」
 焦ったように耳をふさいだ。夕香の耳は捉えていた。ある、気の流れを。
「やばい、足再生した。毒付きだ」
「再生早いだろ。一時退散だ」
 その言葉に頷いて夕香は煙幕を投げつけ月夜と共に一時下がった。
「どうする? 再生止めるには毒使わないといけない。強い毒が必要だ」
「……焼くのは?」
「焼くとか簡単に言うな。今、朱雀召喚しても逆に力弱くなってダメージ食らうだけだ」
「そっか」
 五行の理を頭に入れてなかったらしく夕香は頭を掻いた。化け猫がいつここに来るか分
からない。
「…………首落としても犬神と同じ状況だから恨みが強くなるだけだ。つまり、一回で浄
化しなければならないのか?」
「でも、あんなでかぶつ」
「デカ物は別にいいんだ。動き回るからめんどくさい。いずれにしても麻痺毒などは必要
か」
 独り言になりつつある月夜の言葉にうなずいて夕香はどうしようかと考えた。
「隠蔽結界張れるか?」
 猪突に聞いてきた。夕香は頷き次の言葉を待った。
「今から、調合するから少しここ隠せ」
 そう言うと召喚の術式を浮かべた。それと同時に夕香の霊力が辺りを包みその場には何
もないように文字通り隠した。
 鋭い光が術式から漏れた。月夜は無造作にその中に手を突っ込んで何かを引っ張り出し
た。その手に握られていたのは小さい桐箪笥だった。細かく取っ手がついている。次に取
り出したのは薬研だった。
 恐ろしく手馴れた手つきで箪笥の中から干された薬草を取り薬研の中に入れていく。そ
して適当とも取れるそれを終わらせてすりつぶし、霊力で水を作るとその中にごく少量入
れた。そして練り合わせどうするかと手を止めた。
「槍が必要?」
「あればな。まあ、木でも折って先を尖らせて投げて刺せば別にいい」
 そう言うと犬神に長い木の棒をとらせに行った。そして帰ってきたとき、真っ直ぐな長
い木の棒を咥えてきた。
「よし」
 犬神の鼻面を撫でて太刀を使って器用に先を尖らせた。そして練り合わせたそれを塗り
つけて立ち上がった。
「行くぞ」
「うん」
 互いの役割は自覚しているからこそ聞かない。夕香は犬神に乗って囮になり、月夜は隙
を狙って木の棒を投げつけ毒を化け猫の体の中に入れる。そして効くまでの間、待機して
効いた瞬間、浄化する。
 言わずとも分かっていた。それがトレースの有効活用法とも言うべきか。彼らは繋がっ
ていた。



                                              NEXT⇒